院長プロフィール

はじめまして!
はり・きゅう丙辰堂院長の野村です。

私自身、ぜんそくやムチウチの症状や不定愁訴で苦しんだ経験があります。とてもつらい日々でしたが、その時の経験が今に生きていると感じています。『大好きな藤沢で地域のひとの健康のために働きながら、東洋医学を極め、世に広め、次世代に継承していきたい』そんな思いで施術に勤しんでいます。

プロフィール

野村 哲也 (のむら てつや)
1976年2月17日生まれ B型 

出身地:神奈川県茅ケ崎市
趣味:読書、音楽鑑賞、ものづくり 好きなスポーツ:バレーボール
国家資格:はり師、きゅう師

鍼灸師ヒストリー ~ 施術家になるまでのみちのり~

出生~少年の頃

神奈川県藤沢市に生まれました。10代の後半までお隣茅ケ崎市で過ごしました。生まれた時は2300gの未熟児で、生後すぐにぜんそくを発症し、10代になって自然に治るまで、ぜんそくでは随分苦しい思いをしました。

鍼灸との出会いは0歳の時、ぜんそくの発作が起きると近所にいたおじいちゃん鍼灸師のところで治療していただいていたようです。小学校に上がってからも、ぜんそくの発作とアトピー性皮膚炎に悩まされ、治療のために毎週、鎌倉山の整体(野口整体)の先生のところに一人で通っていました。このころの体験は、現在の自分に強い影響を与えています。

野口整体と鍼灸は方法こそ違いますが、共に「気」を扱い、根底には自然治癒力の思想があるからです。

中高生~青年期の頃

中学から始めたバレーボールを、高校まで続けました。スポーツばかりやっていた学生時代でした。トレーニングによって肺活量が増したためか、ぜんそくの発作は起こらなくなりましたが、組み立て体操で五重塔の一番上から落下して首を痛め、以来ムチウチの症状に悩まされることになりました。

高校に入ってムチウチの症状がひどくなり、慢性的なコリと痛み、形容しがたい不快感と不眠や慢性疲労などの不定愁訴のため、居ても立ってもいられないような苦しみを何年も味わいました。結局、そんな状態で高校を休みがちになり、中退してしまいました。

高校を中退してからは長い模索の時期が続きました。あまりに身体が辛かったことから、健康と精神的なことに興味を持っていろいろと勉強しました。母親がヨガの教師だった影響で、ヨガやインド医学のアーユルベーダを熱心に勉強し、今は有名なアーユルベーダ専門医から脈診の手ほどきを受けたりしていました。そんな生活のせいか感覚がとても敏感になり、その頃から空間に偏在する「気」をはっきりと感じるようになりました。

二十歳のころ、親の引っ越しに伴って藤沢市に引っ越してきました。

職人としての修業時代

野村哲也の青年期

学校にも行かずにそんな生活を二十歳すぎまで続けていたらぜんそく、アトピー、ムチウチなどの症状は消えていました。21歳の時に藤沢のパン屋でアルバイトを見つけ、やってみると意外と面白かったので、以来ずいぶん長いことパン屋で働きました。でも、本当は治療家になりたいと思っていました。

この頃からいろいろな整体法や治療法のセミナーに行き身の回りの人を相手に治療のまねごとをしていました。ただ、なんとなく治療は「特別な人」がやる仕事だと思っていたので、そのころはプロになろうとまでは思えませんでした。その後、ちょっとした御縁から楽器修理の仕事に転職して、職人として物と向き合うような生活が20代の後半まで続きました。

そんな日々を送っていた時、父が癌で入院したことで、次の転機が訪れました。

人生のターニングポイント

そのころ定年退職したばかりの父は胃がんを発症し、手術と入退院を繰り返していました。私がかじっていた治療法では手の出しようもなく、ただ茫然とした気持ちで付き添っていたことを思い出します。そのころ、父の闘病を通じて現代の医療の在り方に強い疑問を抱きました。

そして、健康には自分で責任を持たなければいけないと思い至り、医学を真剣に学ぶ決心をしました。もし自分がはじめから治療家になっていれば、父を助けられたかもしれないという思いもありました。現場で経験を積もうと治療院で働き、さまざまな治療法や健康法を学びました。鍼灸に狙いを定めて国家資格を取るために専門学校に入学した頃には、自分なりに治療のビジョンができていました。

紆余曲折の末、私がたどり着いたシンプルな治療哲学は、「気の流れを良くすれば治る」というものでした。

治療家として

開業当初の第一治療室

そして、社会の中で気のことを医学として行うためには鍼灸しかないと思い、この道を選びました。三年間の専門学校生活で徹底的に実技を学び、在学中から身の回りの人の治療を相当数こなしていました。そして卒業して国家試験にもパスし、その年早速独立開業することを決めました。十代のころから東洋医学を独学してきた蓄積もあったため、資格を得たら自分ではじめようと思っていました。

そしてその後、2012年夏に地元藤沢・善行に、はり・きゅう丙辰堂治療院をオープンしました。

(追記)

藤沢、善行の地に開院し、すでに6年が経ちました。(2018年現在)思い返すと、開院当初は気負いや経験不足から、多少空回りしていたかもしれません。初めての鍼灸院経営もわからないことだらけでした。それでも続ければ何とかなるもの。幸いにして多くの患者さんと出会い、育てていただき、鍼灸師として人のお役に立てる自信がついてきました。これからも初心を忘れず、地域の皆様の健康を支える治療家として役立てるよう、精進してまいります。