お腹で診断して背中で治療する

赤ちゃんの顔

複雑な現象を単純化する

東洋医学的な診察では、陰陽、虚実、表裏、寒熱などの概念を使います。これはある意味、複雑な現象の単純化です。

身体に起こる現象は複雑なので、出来るだけ単純化して把握する。そして単純な要素のアンバランスを観察し、乱れを整えていくことで「治療」します。

陰陽五行や経絡など、科学的な視点から見ると荒唐無稽に思えるような概念が生まれた背景には、東洋独自の世界観と経験をベースに組み立てられた身体の見方がありますが、今日はその一例として『お腹で診断して背中で治療する』という考え方をご紹介します。

ここでは東洋医学の基本概念のうち、陰陽(いんよう)と表裏(ひょうり)の概念を使っています。あくまでいろいろある診断・治療法の一つなのですが、けっこう実用的な方法だと感じています。

あかちゃんのお腹

伝統的な手法で鍼灸をやってる先生は、お腹の状態を確認することが多いです。これを腹診(ふくしん)といいます。お腹には、健康状態がよく現れるんです。

理想的なお腹の状態は、赤ちゃんの、つきたてのお餅のように柔らかいお腹です。元気な赤ちゃんのように、柔らかさと弾力があるお腹が、良い状態のお腹だということ。

適度にちからがあり、でも硬くない。皮膚の色艶も、つきたての白いおもちのように、なめらかで、きれいな状態。赤ちゃんはだいたいこんな感じのお腹をしていますが、このようなお腹を大人になっても保っている人が健康だということです。

僕はこの言葉の意味、自分で子育てをしてみてよくわかりました。赤ちゃんのお腹って、それはもう、さわり心地最高なんですよね。

腹診

赤ちゃんのお腹のような適度な柔らかさと弾力があるお腹の持ち主は、食べ物の消化力も旺盛、ストレスを溜めにくく、柔軟性と活力を兼ね備えた心身の持ち主が多いようです。

東洋医学ではこのように、お腹で診断する「腹診(ふくしん)」を重視しますが、お腹の状態から凡その健康状態や元気さ、どこが弱っているかを判断できるとされています。

図は、一般的な腹診でつかわれるお腹と内臓の相関図。異変が起きているお腹の部位によって、内臓の不調を診断します。(※正確に診断するには経験と鋭い感性が必要です)

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背中で治療

そして鍼灸には、腹診で得た情報をもとに背中のツボで治療をしていく方法があります。

背中には重要なツボがたくさんあります。背部腧穴(はいぶゆけつ)と呼ばれる、背中にズラッと並んでいるツボを、鍼灸師の多くがよくつかいます。

肺腧(はいゆ)、肝腧(かんゆ)、腎腧(じんゆ)などと書いてありますが、これらはそれぞれ肺や肝臓や腎臓に対応したツボなんです。

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以下に、背中のツボをどのようなときに使うか、簡単な例を挙げます。実際の治療は体の状態を総合的に診ていくので、使うツボは場合によって違いますが、症状やお腹の状態とツボの反応が一致するとき、そこに鍼やお灸をすると改善することが多いです。

風邪に肺腧

東洋医学では、風邪は「肺の病」だとされています。風邪をひいたときは肺腧(はいゆ)に鍼やお灸をして、肺の力を高めます。すると免疫力が高まり、風邪の治りが早くなるのです。実際に、これで本当に風邪の回復が早まります。

ストレス・飲みすぎに肝腧

ストレスが強い人、あるいはお酒をたくさん飲む人は肝臓を酷使しています。すると肝腧(かんゆ)の辺りにしこりが出来たりする。腫れたように熱を持っているひとも多いです。

このような人には、肝腧に鍼やお灸をします。ストレスが和らぎ、お酒も適量を欲するようになります。

胃腸虚弱・食べ過ぎに胃腧

胃腸の弱い人は、脾腧(ひゆ)や胃腧(いゆ)あたりの色が悪く、力がないことが多い。あるいは、腫れたようになったり、凝って盛り上がっていたりします。

胃腸症状のある人にこのような症状があったら、脾腧や胃腧に鍼や灸をするとスッキリとして、調子がよくなります。

生命力の現れる腎腧

東洋医学の腎臓は、先天の精が宿るところだとされています。先天の精とは、生まれ持った生命力のこと。これが弱い人は、腎腧(じんゆ)の辺りが硬くこわばっています。

東洋医学では老化がすすむことを腎虚、つまり腎臓の弱りとしてみますが、年齢の割に早く老化がすすんでいるような人の腎腧は、妙に硬くなっている。

長期にわたる過労や不規則な生活で体力が落ちている人にも、同じような反応が見られます。このような時、腎腧に鍼や灸をして生命力を活性化させます。

内臓の疲れが背中に出る

首や肩・背中から腰にかけては、筋肉のコリや疲れがたまりやすいところです。東洋医学ではその部分を陽面(ようめん)と呼んでいます。陽面の陽は、陰陽のようですね。陰陽の考え方では、陽面に現れる不調は、陰の病の現れであり、陰(=内臓)の不調を反映しています。

お腹は陰陽では陰にあたり、背中の陽面に対して陰面(いんめん)と呼ばれます。お腹で診断して背中で治療するのは、陰で診断して陽で治療する事でもある。これも陰陽の応用です。

もちろん背中が凝っていたら何でも内臓が悪いわけではありません。ただ、特別酷使しているわけでもないのにいつも腰が痛いとか、背中のある部分が常に痛いとか、そういうときは内臓の疲れを反映している可能性があります。

背中に現れた反応に治療をすると、内臓の疲れも解消できる。このような考え方なのですが、鍼灸臨床をやっている実感として、実際に起きることです。

内臓の疲れは栄養不足

ちなみに、この「内臓の疲れ」ですが、多くの場合、慢性的な栄養不足を伴っているようです。東洋医学では「五臓の精気の虚」から病が生まれる、と言われていますが、精気の虚とは、内臓を酷使して疲れたような状態だと思います。

過労や不摂生、セックスのしすぎ、睡眠不足などは「精気の虚」の原因になります。精気は生命力のようなものだと思っていたのですが、現代的な知識を医交えて考えてみると『精気=栄養』だと言ってもいいと思います。あるいは、ミトコンドリアの活性度合いだと考えることもできます。

慢性的な栄養不足ではミトコンドリアも活性化しにくいですから、栄養が充実する=五臓の精気が充実するこのように考えてもいいんじゃないかと思っています。

僕は以前から「栄養の充実」を繰り返し強調していますが、それは東洋医学の基本的な考え方とも一致しています。「医食同源」も東洋的な健康観を表す言葉として知られていますが、東洋では昔から、日々の食事を重視してきたんですね。

※1 医道の日本社 『東洋医学概論』p121より出典
※2 医道の日本社 『新版 経絡経穴概論』p121より出典